辺辺
a sight of Kesen46

            あだりほどり
   気仙・辺辺の四季

         

   大入・願松漁場


三陸海岸は豊饒の海。
名漁場をひかえた気仙では古くから定置網が漁業の代表格だった。網起し
気まぐれな魚群が豊凶を繰り返す中網起しにかける海の男達の夢とロマンあふれる格闘の場でもあった。
一三八五年(至徳二年)
小友村矢の浦でマグロ建網漁場が稼動しこれが気仙の定置網の起源といわれている。
三陸町綾里では、一七八四年(天明四年)に「内網」が開設されたのが最初でその後に「清水の輪」、「茂田」、「大輪」、「大入」、「願松」と裾野を広げた。
今でも稼ぎ頭の大入漁場は、徳川時代中期に開網した。
当時の網は大謀網(ふくろ網)で碇は山の柴で丸い平坦なものをつくり中に石を入れただけの簡単なものだった。
アミはワラ網を荒目に織ったもので、浮き玉は杉の大木をくりぬいた「胴」というものを使ったという。
だから当時の獲物はタイやマグロなどの大物でサバやイワシといった小魚は簡単に逃げられた。
現在は秋サケ、スルメイカ、サバが水揚げ量のベスト3だ。
船倉に満載の大漁船。大漁凱旋
壮観な唄い込みで凱旋する港入れは勇ましく晴れがましい。
櫓櫂の調子に乗って浦一面に大漁旗がたなびいた。
「ひとつとせ 一番漁するこの網は綾里崎の願松 浜は大漁だね」(願松定置漁場数え歌)
誰が名付けたのか三陸の定置網。
「大入り、願い待つ(松)」とは、じつにいい名前ではないか。















本辺辺(あだりほどり)に関するご意見等は
下記まで若しくは弊社mailでどうぞ。

著作 株式会社東海新報社
0192−27−1000
FAX 0192−27−2154
Dr    大谷俊彦
イラスト  庄司暁子
デザイン 佐藤千香子

2000/10/1



OFUNATO SAITOSEIKA