辺辺
a sight of Kesen62

           
   

         

      


「気仙大工」は有名だが、それとは別に「かせんかべ」と愛称される左官職人の技術集団がいた。唐獅子土蔵
といっても、活躍の舞台は気仙大工と同じく宮城県北部の穀倉地帯。
いわゆる「南行き」とよばれた明治期の出稼ぎグループだ。
この頃建てられたものに傑作が多いのは、交通手段がなかった時代に職人達が道具箱ひとつで出かけられた範囲だったからか。
いや、財力のある豪農に長期間雇われ、存分に腕をふるうことができたからだろう。
ボタン園、ベコニア館で有名な花泉町の湯島には、けせんかべの職人技が光る「唐獅子土蔵」が残っていると言うので、ちょっと足を延ばしてみた。
それはドーンと構える天下一品の御金蔵。
入口の庇屋根の上に逆立ちした一対の唐獅子は魔除か門番か。気仙壁職人
まるでネズミ小僧を蹴散らすような形相で睨めっこしていた。
その見事な造形美と入母屋造りの建築美、袴をはいたナマコ壁と調和して、さすが気仙大工とけせんかべが意気投合して造っただけのことはある。
口を阿吽(あうん)に結んだ二頭の唐獅子に、ふるさと気仙を離れて技を磨き合った出稼ぎ職人たちの気骨が重なって見えた。






















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Dr    大谷俊彦
イラスト  庄司暁子
デザイン 佐藤千香子

2002/2/11



OFUNATO SAITOSEIKA