辺辺

a sight of Kesen63

           
   

         

      


「海耕富国」の精神で明治から大正時代を駆け抜けた1人の起業家がいた。
オットセイ猟で巨富を築いた水上助三郎は、吉浜村(現・大船渡市三陸町吉浜)千歳の出身。
あるキッカケからラッコ・オットセイ猟に従事し、日本屈指の大実業家となった。
吉浜のアワビを買い取り、中国へ干鮑(かんぽう)輸出を行い「キッピン鮑」の名声を高めたことでも知られる。
助三郎がオットセイに目をつけたのは、30歳のとき。
立身出世ままならず、千歳海岸でぼんやり海をながめていると、沖合で外国船がオットセイを狙い撃ちしていた。
当時、北海道沖で繁殖しすぎたオットセイが、親潮に乗って三陸沖まで南下していることを知った助三郎は、猟銃を手に帆船「宝寿丸」に乗り、オットセイとラッコを血眼になって追いかけた。
初猟で獲物は162頭。
毛皮の需要が盛んな時代とあって、まさに一攫千金。
すっかり味をしめた。
たちどころに事業を拡大、最盛期には年間4200頭を仕留め、国家経済に貢献するほどの利益をあげる。
才覚隆盛。その後に北洋サケマス漁場も開拓。
タラ漁でも成功をおさめた。
日本の水産業開発の先駆者として、その名を全国に轟かせた助三郎だったが、惜しいかな59歳という若さで波瀾万丈の生涯を閉じる。
吉浜小学校前にオットセイ王の胸像がある。
凛としたカイゼル髭に皮のコート。
鋭い眼光は、太平洋の彼方をじっと見続けていた。












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Dr    大谷俊彦
イラスト  庄司暁子
デザイン 佐藤千香子

2002/3/10


OFUNATO SAITOSEIKA