辺辺

a sight of Kesen71

           
   

         

      


金箔もまばゆい稲子沢(いなござわ)観音は今、江刺市岩谷堂の藤原の里のある「えさし郷土文化館」に安置され、金色に輝きながら多くの人に参拝されている。稲子沢観音
今から三百年ほど前、気仙郡猪川村(現・大船渡市猪川町)の大長者、稲子沢・鈴木家の歴代当主が京都の仏師に彫らせた。
西国三十三観音、坂東三十三観音、秩父三十四観音を合わせ百体。
中央に聖大観音座像を置き、百一体観音とも称される。
東北屈指の大富豪として隆盛した稲子沢も次第に衰退し、この観音さまは明示四十五年(1911)に岩谷堂の中善・小原家に譲り渡された。
今から九十年ほど前のことになる。
当時、気仙の人々に惜しまれながら馬車八台に積まれ、姥石峠を越えていったといわれている。
十一月三日、「文化の日」は観音さまの縁日にあたる。
今でこそ、いつでも拝めるようになったが、三年前までこの観音は「中善観音」として年一度、この縁日にご開帳された。
百一体観音を守蔵していた赤レンガ蔵には、近郊はもとより気仙各地から熱心な参拝客が列をなし、お香の煙が絶える事はなかった。
栄華伝説に彩られる稲子沢だが、豪農あるいは海運で財をなしたとか、金融、さらには金山を所有していたなど諸説粉々。
産金に関与していたかどうかはいまだ謎に包まれているが、ケセン黄金文化の確かな証としてさん然と輝く百一体観音は、三百年経た今でも変わらぬ光沢を放ち、岩谷堂の地に静かに、力強く息づいている。





本辺辺(あだりほどり)に関するご意見等は
下記まで若しくは弊社mailでどうぞ。

著作 株式会社東海新報社
0192−27−1000
FAX 0192−27−2154
Dr    大谷俊彦
イラスト  庄司暁子
デザイン 佐藤千香子

2002/11/3


OFUNATO SAITOSEIKA