辺辺

a sight of Kesen83

           
   

         

         


昭和59年のロスアンゼルス五輪に出場した大船渡出身の佐々木七恵さんの功績をたたえて始まったこの大会も、今年で十六回目を数える。
七恵さんは、言わずと知れた日本女子マラソンの草分け的存在。
五十八年の第五回東京国際女子マラソンで2時間37分9秒をマークし、日本人初の優勝を果たました。
この年の第二回全国女子駅伝では三十五位でタスキを受け、十八位でゴール。
十七人「ごぼう抜き」を演じ、現在(二十一回大会)まで最高記録として語りつがれている。
同市日頃市町の石橋生まれ。
家族によると、5男2女の末っ子として七番目に生まれたことから「七恵」の名前がつけられた。
中学生時代はバレーボール部に所属していたが、走ることは小さい頃から大好きだった。
当時、陸上選手として活躍していた兄の影響を受け、住田高校、日本体育大学では中距離ランナーとして活躍していた。
その才能を見抜かれ、エスビー食品に入社。
瀬古利彦選手を育てた中村清監督の下で厳しいトレーニングを積み、オリンピックというヒノキ舞台で大輪の花を咲かせた。
「二足のわらじは履けません」と、昭和六十年の名古屋国際女子マラソン優勝を最後に陸上と訣別し、家庭の道を選んだが、その後、指導者として活躍している。
今年のポートサイド女子マラソンにも明日の七恵さんをめざして、五百人を超える女性ランナーが出場する。
「走る楽しさを伝えたい」と、七恵さんも伴走。
晩秋の潮風を受け、大船渡路を力いっぱい駆け抜ける。











本辺辺(あだりほどり)に関するご意見等は
下記まで若しくは弊社mailでどうぞ。

著作 株式会社東海新報社
0192−27−1000
FAX 0192−27−2154
Dr    大谷俊彦
イラスト  庄司暁子
デザイン 佐藤千香子

2003/11/16


OFUNATO SAITOSEIKA