辺辺

a sight of Kesen99

           
   

         

         


平泉文化の栄華を支えたものは、奥州の山々に眠る莫大な黄金の力だった。
牛若丸(源義経)を京都の鞍馬山から平泉まで密かに連れ出した金売吉次も、この黄金を目当てにやってきた金売人の一人だったに違いない。
平泉黄金文化のシンボルとなる金色堂に使われた黄金は、陸前高田市竹駒町の玉山金山から運ばれてきたと言われている。
この金塊や砂金を俵につめて平泉まで運搬するのは主に牛の役目だった。
運ぶ途中、盗難を恐れて金鉱石を俵に入れ米俵にみせかけたとの伝説から生まれた。
背中に俵をふりわけた姿を表した張り子玩具に「俵牛(ベーゴ)」がある。
地元では「首振りベーゴ」とも呼ばれるこの玩具は、黒を基調に赤、金色などで巧に描いたシンプルなデザインが特徴。
足が極端に短いところが可愛いと、全国の郷土人形マニアからも評判がよかった。
俵ベーゴにまつわる伝説も残る。
昔、金掘りたちが坑内で牛の形をした金塊を見つけて喜んだ。
「オソトキ」という名の飯炊き女も堀り子たちといっしょになってこの金のベーゴを引っぱりだそうとしたが、びくともしない。
すると、坑口の方から「オソトキ、オソトキ」と呼ぶ声がした。
首をかしげながら外に出た瞬間、坑奥でものすごい音がして千人の掘り子たちが金のベーゴとともに消えてしまう。
「オソトキ」の金山伝説は、玉山にある「千人坑」の物語とも重なる。
金山と俵ベーゴ。
今では玉山の黄金伝説も歴史のかなたに埋もれてしまった。
張り子玩具の俵ベーゴだけが、往時の名残りをわずかにとどめている。



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Dr    大谷俊彦
イラスト  庄司暁子
デザイン 佐藤千香子

2005/3/6


OFUNATO SAITOSEIKA